欧米の資産家には、美術品のコレクターが数多くいる。いくら贅沢な生活をしても、使える金は、彼らにとってはたかが知れているのだろう。すると、美術品のような無形の価値を持つものに、投資の矛先が向かう。
フランスのニースからほど近い所にある小さな町、ヴァンス。ここは、山の頂きに全長1キロ程の城壁で囲まれた小さな城塞都市 Saint Paul があることで有名だ。城壁の中には家々が処狭しと並び、細い路地を曲がるたびに新しい景色に出会う。魅力的な作品を扱っている小さな画廊が数多く並び、ヨーロッパ中の旅行者が絵画や彫刻作品を買い求める。
この Saint Paul から500メートル程のところにあるのが、マーグ財団美術館 Fondation Maeght。駐車場にクルマを止めて木々に囲まれた坂道を登って行くと、よく整えられた芝生に、ミロやアルプ、ヘップワースなどの彫刻作品が出迎えてくれる。芝生の中には背の高い木がまばらに植えられていて、彫刻作品は木々との位置関係を絶妙に保つように、計算され配置されている。
芝生のエントランスを抜けたところにある展示室は、白壁の建物内にあり、美術館としては小規模だ。20世紀前半から、現代までの作品を主に展示するが、2009年7月の訪問時は、ミロ展が行われていて、ミロの油彩、版画、彫刻作品などバラエティー豊かに取り揃えられている。他の展示室では、ボナール、ブラック、レジェ、現代作家などの作品が並ぶ。
しかし、この美術館の真骨頂は彫刻作品が絶妙に配置された「庭」にある。前述の美しい芝生のエントランスを通って展示棟に入り、左右に配置された展示室に入らず真っ直ぐに進むと、今度は中庭に出る。15メートル×30メートルくらいの大きさの中庭は、三方が建物に囲まれ、入り口からそのまま進む正面方向は、森に対して開いた構造だ。エントランス部分と、その先の森には高低差があり、中庭から森を臨むと植え込みの部分は見えず、ほぼ垂直に伸びた背の高い針葉樹の幹だけが、眼前に連なる。その前、森に開いた側の端、正面中央に置かれているのは、ジャコメッティの縦に細長い全身像彫刻作品だ。木々の幹と、ジャコメッティーの細長いブランズ像が見事に重なる。ジャコメッティ特有のブロンズのテクスチャと木の幹のテクスチャが呼応し、お互いの美しさを引き立て合う。
ジャコメッティの中庭を右に抜けると、「ミロの迷宮」だ。この彫刻庭園はミロが、コレクターであるマーグ夫妻に依頼されて設計、制作したもので、低いレンガ造りの壁で動線が作られ、ミロの彫刻作品が配置されている。それほど広い庭ではないが、ミロの作品と周囲の森との調和が非常に美しい。大理石でできた滑らかな曲線をもつ白い立体作品には、枝葉の影が落ち、その表情を刻々と変化させる。水盤に置かれたブロンズには、水面の反射が映え、森を背景に立っている石彫は、背面の木の葉の間から覗いた空の青と見事なコントラストを見せる。木の幹、枝、葉や空と彫刻のバランスが完璧なまでに計算され、彫刻作品単体では得られない美しさを提供している。まるで、彫刻の美しさに敬意を表し、それらが最も美しく見えるように、木々や太陽が配慮しているようだ。
いわゆる目玉作品はなく、建物も斬新なデザインというわけではなく、美術館として見ると小規模だ。しかし、美しい。庭園と、周囲の森と、彫刻作品が見事に調和している。小さくて美しい町に、小さくて美しい美術館。ヨーロッパで最も素敵な小さな場所のひとつ。
入場料13ユーロ。美術館の駐車場を右に出て、少し進むと観光バスなどの大型車の駐車場がある。そこから道を下るとすぐに、Saint Paulの全景を見渡せる絶景ポイントがある。最後に最も美しい作品を堪能して美術鑑賞を締めくくる。
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