ヴァシビエール現代美術センター(ヴァシビエール島)
Centre d'Art Contemporain de Vassivière (Ile de Vassivière)

http://www.ciapiledevassiviere.com/

Ile de Vassivière
France


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 水力発電所建設のため、川が塞き止められてできた広大な人工湖に、広さ70ヘクタールの島が浮かぶ。大きな湖があまり見られないフランスでは、かなり大きい方に属する。島と陸地は幅狭の橋で結ばれ、一般車両は進入することができないので、全長約500メートルの橋を、湖の眺めを楽しみながらゆっくりと島まで歩いて行く。
 ヴァシビエール島 Ile de Vassivière には、現代アートの企画展が開催される地味なファサードの展示棟と、その隣に灯台のような円錐形の展望塔があり、市民に無料で開放されている。かつてそこに居を構えていたヴァシビエール氏の住居が保存、公開されているほか、島の周囲や中を通る、ごく簡単に仕立てられた遊歩道を歩きながら、湖の向こうの眺めを楽しんだり、森の空気を吸い込んだりして、休日ののどかな一日を過ごすにはもってこいの場所だ。
 2009年7月に訪れた際には、展示棟は閉まっていて中を見ることはできなかった(展示棟の入り口がブックショップになっており、そこから準備中の作品を窺うことはできたが)。しかし、この現代美術センターの主役はおそらく、島じゅうに点在する50あまりの彫刻作品である。彫刻作品というよりは、サイトスペシフィックアートというべきだろう。ほとんど全ての作品は、そこに置かれることを前提に、アーティストがその場所を選び、その場所に合うように作品を創り上げたものだ。
 展示棟の入り口に置いてある無料の地図を頼りに、歩きながら作品を訪れて行く。作品の近くには、アーティスト名、タイトル、製作年などの情報と簡単な解説の書いてあるプレートが置かれているが、中には(おそらくアーティストの意向で意図的に)置かれていないものもあり、指摘されなければそれが作品であることに気がつかないものも数多くある。Marc Couturier の作品はその典型だ。地図には所在地とアーティスト名しか書かれていないため作品名は不明だが、黒いビニールが地中に埋められ、一部が露出している。ゴミの不法投棄場のような感覚を見るものに与える。このような豊かな自然の中に人工物であるアート作品を置くという行為は、ゴミの不法投棄と同等の行為であるという皮肉であろうか。そもそもこの島が、川を塞き止められて人工的に作られたものであるという点を考えてみても、この地の出発点からして人工的なのである。
 作者、タイトル不明のある作品は、森の中に忽然と「ステージ」と「作品台」が現れる。これらがステージと作品台であることには、作品台に乗ってみて初めて解る。台に乗った自分を、森の木々が「鑑賞」しているのである。他の多くのアーティスト達によって、作品として鑑賞される対象にされてきた森の木々の逆襲である。ステージと作品台は中心をずらして配置されており、その上に立った観客は、どの方向に「客席」があるか、すぐに解る仕掛けになっている。非常に巧妙だ。
 アンディー・ゴールズワジー Andy Goldsworthy は、波打ち際、すなわち陸と湖の境界にレンガでできた壁を作った。いや、実際には2つの境界を作り、その間を通り抜ける隙間を作ったのだ。それぞれの境界は螺旋を描き、一つは木々を、もう一つは湖の水を囲む。囲まれた木々や水は、それぞれ全体から孤立した存在になるが、螺旋は完全には閉じていないため、全体との繋がりは僅かながらも保持される。観客は、2つの境界の間を通り抜けることによって、「孤立」と「全体との繋がり」を考えることになる。
 David Nash は作品"Charred wood and green moss"で、美しい苔で覆われた木々の中に焼きを入れて黒ずんだ木の幹を置いた。十分な湿度が必要な苔の緑と、高温で水分を完全に飛ばすことによって得られる黒のコントラストが美しい。
 このような作品を見ているうちに、根がおかしな形に変形した木や、湖に向かって倒れた倒木、円形に落ち込んで明褐色の土が露出している窪みなどもアート作品に見えてくる。自然による造形と、人間による作為的な「アート作品」の境界が、ここでは曖昧になる。

 ゆっくりと全部の作品を見てまわり、美しい景色と気持ちの良い空気も満喫すると、一日たっぷりと過ごせる。天気のいい日に、弁当を持って行くとよいだろう。島への入場は無料。最寄りの高速道路出口から、約50キロ程クルマで走った所にある。木々が美しい影を落とす田舎道を抜け、途中に小さな村を3カ所程過ぎて走ること小一時間。この行程もまた楽しい。残念ながら、公共交通機関で訪れることは、ほぼ不可能であろう。


2009年7月
RF

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